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2005年6月23日木曜日

コンフェデ・ブラジル戦

目覚まし掛けて、気合いを入れて観ましたよ、ブラジル戦。
結果は2-2で引き分け。
サッカーといえばブラジルと思っているのは自分だけではないと思いますが、そのブラジルに引き分けたという「結果」だけをみても善戦したという事ですが、それなりにチャンスも演出出来ていたのが大きかったと思います。
たぶん、マスコミは手放しで褒めまくると思います。
確かに良かったのですが、そこを素直に認めないのが「ひとり言」流(?)ということで…

まずは、良いと思った点を…
選手としては大黒。
ホームの北朝鮮戦でゴールを決めてから、ラッキーボーイ的な扱いで一躍ヒーローとなりましたが、どうやら「流行り」で終わらなそうな気がしてきました。
なにより「純粋さ」を感じる事の出来る、最近では珍しいタイプの選手だと思います。
パスを出してくれようが、パスが出てこなかろうが、パスコースを見つければ必ずそこへ動き出します。
そして、「目指すはゴール!」というシンプルなプレーもイイです。
ディフェンスにとってはイヤな選手の典型だと思います。
ものすごいテクニシャンの選手にウラをとられまくりキリキリ舞いさせられるのもイヤですが、休みなく動き回る選手は精神的にツライもんです。
だって、フリーにする訳にはいかないですから…
それとは対照的なのが、「自称」テクニシャンの2人…
メキシコ戦ではイタリアでプレーしている左利きの人が、今日のブラジル戦では大船渡出身の仏頂面くんが消えていました。
なによりも、プレーに「ムラ」があるのは困ります。
そして、自分の思い通りに行かないとその原因を他に求める姿勢もどうかと…
その2人をトップ下に並べるジーコの懐の深さには感服です。
(後半にふてくされ顔の一人を下げたら、ボールが回り出したのですが…)
メキシコ戦では、ベンチに下げた選手がマスコミに監督批判をしていましたが、その選手をあえて使い続けるという、徹底した「選手を信じる」姿勢がチームの骨格を作っているのかもしれませんが…
改めて思うのは、「人間性」「パーソナリティ」って大事だなと…
もちろん、「選手として大成する」には「技術」「戦術」という面も大切なのですが、ベースとしての「人間性」は必要不可欠だと思います。
つばさの子ども達にも、そこを失わずに育って欲しいと思います。
チームとしては、シンプルにボールを動かす事でリズムを作れた事。
解説の清水氏が「ブラジルは決して難しいことをしているわけではない。シンプルなプレーの連続でチャンスを作っている。」というような事を言っていました。
その通りだと思います。
でも、ブラジルのボール回しと、日本のボール回しには雲泥の差があると思うのです。
プレッシャーの中にボールを入れても「シンプル」にプレー出来るブラジルと、ボールをなくしてしまう日本…
そこには「技術」「経験」「したたかさ」など、色々な面での差がある事を痛感させられます。
(メキシコ戦でもそれは感じました)
それぞれの2点をみても、分かると思います。
日本の2点はミドルシュートとセットプレーから。
ブラジルの2点は流れの中からで、しかもペナルティエリアの中でボールをつながれて、ディフェンスのバランスを完全に崩されていました。
ゴールにならなかった場面でも、ゴール正面やペナルティエリアの中で「余裕」でボールを持たれて、「くずす」プレーを狙われていた事が何回もありました。
対して、日本にはそんな場面があったかな…という所をみると、やはり点差以上の差はあると思わずにはいられませんでした。
今の日本には、自分たちでゲームをコントロールしてゲームの主導権を握りながら…というゲーム運びは難しいのかもしれません。
そう考えると、トルシエのとったリアクションサッカーは、結果を残すためには最善の方法だったのかもしれません。
「W杯ホスト国として、恥ずかしい思いをしたくないのなら、オレの言う通りにしろ!」というのも、今にして思えば正しかったのかなと…
(あり得ませんが、自分がトルシエの下でプレーするとしたら、絶対にイヤですけど)
でも、それでは日本のサッカーに未来はありません。
本気で世界のトップと渡り合うためにはという前提ですが…
アジアをなんとか勝ち抜きたいというのであれば、それで構わないと思います。
そこに登場したのが、「神様」ジーコ。
ブラジルから代表監督の要請を受けた時も(アントラーズからも?)断ったという話しが流れていたほどだったので、まさか日本の代表監督になるとは思いませんでした。
その真意は分かりませんが、「日本に恩返ししたい」「日本の未来のために」という「日本人的」な義理・人情があるという話しも聞きます。
そのジーコに対しては賛否両論ですが、基本的なスタンスは日本にとってプラスになると思います。
プレーするのは「選手」であって、瞬間の状況判断でゲームを打開するのも「選手」なのです。
その「選手」の「判断力」「責任感」を徹底的に信じることで、チームがまとまってきたのかもしれません。
招集する選手やゲームに出る選手の選考には、大いに異論がありますが、チームを「ファミリー」として大切にするジーコの「人間性」「パーソナリティ」を応援していきたいと思います。
(でも、ボールにツバはかけないでね)
長くなってきたので、今日はとりあえずここまで。

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